こんにちは、sadachi. です!
世界的にもっとも有名な女優の一人であり、優れた演技力、美貌、豪奢な私生活、そして珍しいスミレ色の瞳で知られるエリザベス・テイラーの登場です!
10歳でスクリーンデビュー、リズの愛称で親しまれ、MGMの看板子役として世界中を魅了したのは周知の事実ですね。
『クレオパトラ』などで共演したリチャード・バートンとの2回の結婚を含め合計8回の結婚を経験したといいますから、世紀の美女の面目躍如というところでしょうか。
イギリス・ロンドンで生まれ、7歳のときにアメリカのロサンゼルスに移住して英国と米国両方の国籍を持っていたそうですよ。
日本でも大人気の女優さんでしたね。
それでは、エリザベス・テイラーさんの似顔絵にお付き合いください!
Contents
エリザベス・テイラーの鉛筆画です!
今回は、描きこむ前のデッサンも掲載しています。
それでは詳細をどうぞ!
それでは、模写した写真を掲載しますので、もう一度比べてみてくださいね。
エリザベス・テイラーの水彩画です!
エリザベス・テイラーと言えばクレオパトラでしょうか。
世界的な大ヒットだったんですが、製作費が空前の巨額にまで膨れ上がり、製作会社の20世紀フォックスの経営を危機的状況にまで陥れたそうですよ。
クレオパトラと言えば、楊貴妃と小野小町と並んで世界の三大美女と言われた人ですから、世紀の美女と呼ばれたエリザベスにはぴったりだったんでしょうね。
模写した写真です、もう一度比べてみてください。
鉛筆画と水彩画の2作品は、インスタグラムでも公開しています。遊びに来ていただけたら嬉しいですね!
エリザベス・テイラーのプロフィール
ロンドン出身。両親はアメリカ人で父は画商、母は元女優。7歳のときにアメリカ・ロサンゼルスへ移住。ユニバーサルと契約を結び、10歳のとき「There’s One Born Every Minute」(42)でスクリーンデビュー。MGMに移籍し「緑園の天使」(44)で同スタジオの看板子役になり、リズの愛称で親しまれる。
「若草物語」(49)、「陽のあたる場所」(51)、「ジャイアンツ」(56)などに出演し着実にキャリアを積み重ね、57年の「愛情の花咲く樹」でアカデミー主演女優賞初ノミネート。「熱いトタン屋根の猫」(58)、「去年の夏突然に」(59)と連続でノミネートされ、「バタフィールド8」(60)、「バージニア・ウルフなんかこわくない」(66)で主演女優賞を受賞した。
私生活では18歳のときヒルトンホテル・チェーン2代目のコンラッド・ヒルトン・Jr.との結婚を皮切りに、「クレオパトラ」(63)などで共演したリチャード・バートンとの2回の結婚を含め合計8回の結婚を経験。エイズ撲滅運動にも尽力した。11年3月23日、うっ血性心不全のため死去。映画では「フリントストーン モダン石器時代」(94)、TV映画「だって女優ですもの!」(01)が女優としての最後の出演作となった。
(出典:映画.com)
名 前 : Elizabeth Taylor(エリザベス・テイラー)
本 名 : Dame Elizabeth Rosemond Taylor
生年月日: 1932年2月27日
没年月日: 2011年3月23日
年 齢 : 79歳没
出生地 : イギリス・ロンドン
死没地 : アメリカ合衆国、ロサンゼルス
国 籍 : イギリス、アメリカ合衆国
身 長 : 157cm~162.5cm
体 重 : 54.4kg~55.3kg(53.5kg~81.6kg)
※ それぞれ説によって異なる
【配偶者】
コンラッド・ヒルトン Jr.(1950年 – 1951年)
マイケル・ワイルディング(1952年 – 1957年)
マイケル・トッド(1957年 – 1958年)
エディ・フィッシャー(1959年 – 1964年)
リチャード・バートン(1964年 – 1974年、1975年 – 1976年)
ジョン・ウォーナー(1976年 – 1982年)
ラリー・フォーテンスキー(1991年 – 1996年)
【映画】
『緑園の天使』
『若草物語』
『陽のあたる場所』
『ジャイアンツ』
『熱いトタン屋根の猫』
『バターフィールド8』
『クレオパトラ』
『バージニア・ウルフなんかこわくない』
出典(ウィキペディア)
面白いエピソードですが、クレオパトラ役の選定に際しての国内の映画館主にエリザベス・テイラーかオードリー・ヘプバーンのどちらがふさわしいか、という調査が行なわれたそうなんですね。
結果はエリザベス・テイラーの圧勝だったそうですよ。
ただし、当初監督として起用されたマムーリアンは黒人女優のドロシー・ダンドリッジをクレオパトラ役に強く推していたと言いますから、わからないものですね。
HIVとエイズ関連の基金を創設し、総額2億7千万ドル以上の収益をあげたチャリティを主催するなど、生涯を通じてエリザベス・テイラーはエイズに関する知見がほとんどなかった時代から、積極的に支援活動を行った最初期の著名人だったんですね。
次回は、世紀の美女の後と言えば、世紀の美男子と呼ばれたアラン・ドロンを予定しています。
それでは、今回はここまでとさせていただきます!
最後までご覧いただき誠にありがとうございました!