こんにちは、sadachi. です!
毎週月曜日午後10時から放送のNHK総合『逆転人生』は、逆転無罪判決やスポーツでの大番狂わせ、奇跡の生還 etc を特集する番組になっています。
泣いて、笑って、勇気をもらえる…ドラマよりドラマチックな真実の逆転劇なんですね。
今回人生を逆転させた主人公として登場するのは、日本プロ野球の世界でこれほどドラマチックな人はザラにはいないという人なんですよ。
2019年のウエスタン・リーグ、鳴尾浜球場で行われたチームのシーズン最終戦、ソフトバンクホークスの代走・水谷瞬さんを憤死させた、あの奇跡のバックホームをした人…。
その人こそ、阪神タイガースの元外野手・横田慎太郎さんなんですね。
そこで「横田慎太郎結婚や姉や父・家族は?病気再発脳腫瘍種類?プロフや経歴」と題しまして、横田慎太郎さんについてまとめてみましたので、参考にしてくださいね。
それではさっそく、いってみましょうか!
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2015年当時、阪神タイガースのゼネラルマネジャー・掛布雅之さんから、「高卒2年目・左打ちの外野手としては松井秀喜以上」と絶賛されたのが横田慎太郎さんだったんですね。
そんな横田さんですが結婚はされたのでしょうか、また検索窓に「姉」や「父」など数多く出てくるのですが、ご家族はどうなっているのでしょうか。
調べてみると、病気のせいもあったのでしょうか、2021年12月現在26歳になっているんですが、横田さんはまだ結婚はされていないようです。
それではここから横田さんのご実家のご家族を見ていきましょうね。
高知県南国市出身の父親・横田真之(まさし)さん、明徳義塾高校から駒澤大学、1984年のドラフトでロッテオリオンズから4位指名を受け、大学卒業後に入団しています。
プロでは一流とはいかずに1995年のシーズン終了後に引退、その後真之さんの奥さんの実家がある鹿児島県へ家族ぐるみで移住しているんですね。
そこで2016年、日本学生野球協会から資格を取得したことにより鹿児島商業高校硬式野球部のコーチに就任、2019年12月からは監督を務めているとのことです。
1988年に真之さんと結婚した母親は横田まなみさんで鹿児島出身なんですが、なんと元ミス鹿児島だったそうですよ、さぞかしお美しい方なんでしょうね。
そんなご両親には横田慎太郎さんだけでなく、姉となる横田真子さんもいるんですね。
真子さんは、慎太郎さんの応援でたびたび球場を訪れていたそうで、そこでは目を惹く美人だと噂になっていたそうです。
そのため、横田慎太郎さんの「姉」とネットで取り上げられていたんですね、納得です。
ということで、横田さんのご家族はご両親とお姉さんの4人家族ということになりますね。
もっとも、姉の真子さんは結婚されてお家を出ている可能性もありますが…。
2013年のドラフトで阪神タイガースから2位指名を受けた横田さん、このシーズンで現役引退をした桧山進次郎さんの背番号24を引き継いだそうです。
いかに期待されていたかが分かろうというものです、高校生ルーキーですからね。
春季キャンプを一軍でスタートさせた2017年、横田さんは出場機会を増やすべく、一塁の守備練習にも取り組み始めていた矢先、原因不明の頭痛に襲われます。
紅白戦で一塁へ出た際に、突然パニックへ陥ち入り、
「進塁に向けたリード、投手が牽制球を投げる際の動き、牽制球に合わせて一塁へ戻る動きのイメージが湧かなくなった」出典:wiki
とのことで、その後も通常ではあり得ないレベルのミスが続いたといいます。
球団のトレーナーと一緒に眼科の検査を受診、さらに受診先の眼科医から紹介された外科でMRI検査を受けたところ、担当医から脳腫瘍と診断されたんですね。
医師からは「脳腫瘍という大きな病気が見付かりましたので、野球のことはいったん忘れてください」と告げられたそうです。
脳腫瘍には、脳の細胞や神経・脳を包む膜から発生する原発性脳腫瘍と、肺がんや乳がんなどが脳に転移する転移性脳腫瘍と大きく2つに分けられるとのことです。
横田さんは原発性と思われ、これには悪性度(グレード)によって1から4までに分類され、横田さんのグレードは推測ですが、グレード1(良性腫瘍)ではなかったかと思われます。
グレード1の代表的なものとして髄膜腫、下垂体腺腫、神経鞘腫があるそうで、これらの良性脳腫瘍のほとんどは手術ですべて摘出できるそうです。
ただ再発はまれですが、わずかな残存組織から腫瘍が再発することがあるとのことです。
横田さんは、診断から半年にわたる入院加療によって症状が治癒したことを公表し、9月2日からトレーニングを開始しているんですね。
2017年のシーズン終了後に育成選手契約を結び、支配下登録選手へ復帰するまで背番号24を空番として、横田さんの背番号は124に変更されたそうです。
阪神球団は、横田さんの年俸は据え置きとしていますし、背番号を124に変えているんですが復帰を見込んで24を空番としているんですね、粋なはからいですね。
2018年も体調は徐々に回復し、独自のメニューでトレーニングを積んでいるんですが実戦復帰はならず、育成選手としての再契約をしています。
2019年、ウエスタン・リーグの開幕後に関西圏の球場で開催される公式戦でチームに帯同しているんですが、
「自分で打った打球が全く見えない」
「(打撃練習で)ピッチャーに投げてもらった球が二重に見える」出典:wiki
といった、視覚面での問題が解消されていなかったそうなんですね。
阪神球団は9月中旬に、2020年も引き続き育成選手契約を締結する方針を示したんですが、横田さんは「来シーズン(2020年)は苦しい」として、2019年9月22日に現役引退を正式を発表したわけです。
そして1096日振りに、横田さんは9月26日のウエスタン・リーグにおけるチームのシーズン最終戦の8回表二死二塁の局面で、中堅の守備に就いたんですね。
次打者・市川友也さんが横田さんの頭上を越える二塁打を放ち、二塁には代走の水谷瞬さんが残ったんですね。
次の打者・塚田正義さんが打ったゴロはセンター前のヒットとなり、水谷さんは三塁を回ってホームへ突入、そこに横田さんの矢のようなノーバウンド送球が…。
横田さんが、「奇跡のバックホーム」で水谷さんを本塁捕殺、ファインプレーで現役生活を締めくくったというわけなんですね。
何回見ても、涙があふれる瞬間です。
引退した横田さんでしたが、2020年7月頃から足や腰に強い痛みを感じたそうです、実は腫瘍が再発していたんですね。
鹿児島県内の整形外科で検査を受けたところ、脊髄に腫瘍が生じていることが判明したとのことで、関西地方の病院へ6か月間にわたって入院したそうですよ。
抗がん剤の投与や放射線治療によって腫瘍が完全に消滅したことを、退院後の2021年4月26日に先輩の川藤幸三さんが配信しているYouTube「川藤部屋」で公表したんですよ。
それではここで、横田さんのプロフィールや経歴を確認しておきましょうね。
【横田慎太郎さんのプロフィール】
名 前 : 横田 慎太郎(よこた しんたろう)
生年月日: 1995年6月9日
年 齢 : 26歳
出 身 : 鹿児島県日置市
身 長 : 187 cm
体 重 : 94 kg
血液型 : O 型
著 書 : 奇跡のバックホーム(幻冬舎、2021年5月12日初版刊行)
小学校 : 日置市立湯田小学校
中学校 : 日置市立東市来中学校
高 校 : 鹿児島実業高等学校
所 属 : 「川藤部屋」川藤幸三&横田慎太郎
職 業 : プロ野球選手~YouTuber
アカウント①「Instagram」
アカウント②「Twitter」
アカウント③「YouTube」
2016年シーズン、若手を積極的に使うとした金本知憲監督の方針のもと、横田さんは一軍で唯一数字を残しているんですね、ご紹介しましょう。
試合数 : 38
打 席 : 109
打 数 : 105
安 打 : 20
打 率 : .190
得 点 : 14
二塁打 : 2
三塁打 : 0
本塁打 : 0
盗 塁 : 4
盗塁死 : 2
四 球 : 2
死 球 : 2
三 振 : 13
併殺打 : 3
OPS : .430
2016年に阪神タイガースの監督に就任した金本知憲さん、当時「横田を5年かけて3割40本打てる選手に育てる」と言われたことが、とても強く印象に残っています。
横田さんの経歴についてですが、前章(病気)でほとんどご紹介していますので、ここでは私がいま思い出しても涙が出るエピソードを披露しますね。
2017年の9月26日に掛布雅之二軍監督が退任する際のセレモニーで、背番号24をつけた横田さんがナインを代表して花束を贈ったことですね。
横田さんは入団以来、掛布さんに指導を受けてきたとはいえ、2017年は脳腫瘍を発症した年なんですね、ですから横田さんは一度も打席に立つこともなく終わったシーズンなんですよ。
それが、みんなを代表して花束を贈ったわけですから…、グッときませんか?
そして何と言っても、感動は横田さんのあの引退試合に収れんされますね。
脳腫瘍から復帰してからの横田さんは、「ライトポールが一番見えやすい」との理由でライトの守備しか練習していなかったそうです。
引退試合でもライトを守ることを希望したんですね、すると平田勝男二軍監督から「エラーしたっていいから、センターを守れ!」と激励され、センターの守備に就いたそうです。
そして、あの劇的な「奇跡のバックホーム」につながったんですね。
平田さんには、「横田が(ポジションを問わず)外野の守備へ必ずダッシュで向かう姿に好感を持っていて、その姿を最後にファンへ見せたかった」という思いを持っていたそうです。
・・・ネッ!、いいでしょう。
そして試合後のセレモニー移るんですが、横田さんは4人のチームメイト(高山俊、梅野隆太郎、北條史也、中谷将大)が作った騎馬の上に乗ってグラウンドに入場したんですよ。
※ 敬称略
忘れもしない1973年の巨人とのオープン戦、あの稀代の大投手・村山実さんの引試合、スクーターに乗ろうとする村山さんを止めたのは後輩の江夏豊さんだったんですね。
ここから江夏豊さんが先頭で騎馬をつくり、村山さんを乗せてグラウンドに登場して甲子園のマウンドまで向かったんですね。
私の記憶が正しければ、若生智男さんからつないだ7回、マウンドには村山さん、それを受けるキャッチャーは田淵幸一さん、バッターボックスには王貞治さん、そして控えのバッターボックスには長嶋茂雄さん、私はバックネット裏の席でしたね。
思い出しましたよ、当時…を、この登場の仕方は私が知る限り村山さんに続いて、横田さんで2人目だと思いますが、違いますかね。
また横田さんは、現役引退する際に阪神球団から「阪神タイガースアカデミー ベースボールスクール」コーチへの就任を要請されているんですね。
横田さんは「今は視力に不安が残るので、小中学生に野球を教える仕事に就くことは厳しい」という理由で断っているんですが、阪神ってこんなにカッコよかったのかと見直しましたね。
横田さんが、ファンのみならず選手や球団の皆さんから、いかに可愛がられていた…ということがわかるエピソードだと思いません!?
それもこれも、横田さんが野球を心から愛していたこと、そして一瞬一瞬を本当に真摯に取り組んでいたことを理解されていたからだと、私は思いますね。
そんな横田さんが、今夜放送される『逆転人生』に登場するんですね、楽しみです。
★NHK総合『逆転人生』 12月13日(月)22:00~22:45
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今回は「横田慎太郎結婚や姉や父・家族は?病気再発脳腫瘍種類?プロフや経歴」と題しまして、横田慎太郎さんについてまとめてみましたが、いかがだったでしょうか?
今年のペナントレース、中盤までは矢野燿大阪神の優勝は固いと思っていましたが、巨人ではなく昨年最下位のヤクルトに持っていかれましたからね、悔しいです。
まあそれでも、星稜高出身の奥川恭伸投手が活躍してくれたので、少しは気分が晴れて、来年こそは優勝だと確認に至っています。
横田さんが引退していなければ、病気がなく順調に来ていれば、タラレバですけど本塁打40本で断トツの首位を突っ走り、日本一にも輝いていたのでは…ア~ァ、むなしいです。
今夜放送される『逆転人生』で、涙を流しながら横田慎太郎さんを噛みしめることにいたしましょう…ね!
それでは、今回はここまでとさせていただきます!
最後までご覧いただき誠にありがとうございました!